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鬼縄のSM blog(FC2改)

鬼縄のSMブログです。淫靡な妄想の世界を彷徨っています。

2007年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年09月

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女という属性は利用できる?

しとやかになり、性的魅力を身につけた女は、女として生きてゆくことになるが、女という属性は利用しようと思えばいろいろ利用できる属性でもある。自分が持つ何らかの属性がプラスをもたらすなら、それを利用しようと思うのは当然と言えば当然である。早い話が売春である。非行少年少女の間では、男の子たちは、自分たちがお金を稼ぐにはカツアゲなど危ないことをしなければならないが、女の子はウリをすれば簡単に大金が稼げるとうらやましがっているそうであるが、売春は、屈辱を我慢すれば、あるいは屈辱と感じなければ、あるいは必ずしも屈辱ではないのだから、女という属性を利用して楽にお金を稼ぐ便利な手段ではある。
売春よりもっと合理的な手段がSMのビジネス化である。SMは原則としてセックスを伴わない。これを利用すれば売春というリスクを回避して、なおかつ売春と同等の、いやそれ以上の利益をもたらしてくれる。さらに女性Sという属性を利用すれば、屈辱感どころか優越感を感じながら、経済的利益をも得ることが出来るのである。男のMやSは女のそれほど属性からの利益は得られまい。

売春は極端な例であるが、しかし、俗に結婚のことを「三食昼寝付の永久就職」というように、これも極論すれば、結婚にも特定の一人の男に長期にわたって売春するという面があるといえなくもないし、女にとって結婚が、何かの仕事をしてお金を稼がなければならない男と比べて、楽な生き方であり得ることは否定できない。もちろん当てが外れることも多いし、全ての場合にそうとは限らないのはもちろんであり、結婚にもいろいろな形があり、一概にそうとは言えないことも当然である。
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| 性的SM論 | 08:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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文化的産物

女の性的魅力が文化的なものである証拠は、それを化粧や服装や物腰などによって作り出せると言うことである。自分を男達に魅力的に見せ、男に我を忘れさせるのが実に巧みな女がいるかと思えば、あまりにも下手で、これでは男が寄りつかないだろうとしか思えない女もいる。その違いは、顔の美醜や身体のスタイルの善し悪しも係わりがないとは言わないが、それより、男にある種の幻想を抱かせる技術の巧拙によるところが大きい。
しかもこの男が描く幻想は簡単に崩れる。これを理解していない女は、幻想が崩れた為に自分に向けられていた興味が失われたことを理解できない。私の幻想も簡単に崩されてきたものである。

男の性的魅力はあまり語られず、もっぱら女のそれが問題にされると言うことが、女の性的魅力の文化的、社会的役割を物語っている。年老いて性的魅力を失ってしまった女を侮蔑的に「もとおんな」と呼んだりするが、これは、「女」というものが単に生物学的性別を表しているのではなく、性的魅力のある女しか「女」ではなく、性的魅力のある女というものが一つの特殊な社会的身分であることを示している。「もとおんな」とは、ある身分に必要とされる資質を失って、その身分から脱落した者である。

歌舞伎の女形は本物の女より色気があって女らしいと言われるが、それは、「女」や「女の色気」が演技で作られるものである以上、当然であって、プロの演技者である歌舞伎役者が演技者としては素人である普通の女よりはるかに上手く「女」を演じるだけのことである。
「女らしい」とはまさに演技で作られるものなのである。

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| 性的SM論 | 05:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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女の性的魅力

性的魅力というと、本能的、動物的なものと思われがちであるが、人間の女の性的魅力こそはまさに文化の産物である。女の性的魅力は、本来なら不能である男を奮い立たせ、男の性欲を女体または女性器を求めるという形に形成する為に文化的に、人為的に作り出されたものである。これが作り出されていなければ、人間の男は不能にとどまったであろう。人類は早い時期に滅亡していた。この文化の産物は人類を滅亡から救ったのである。いや、滅亡しない為に作り出されたと言うべきであろうか。

文化の産物であるからこそ、どのようなことを女の性的魅力とするか、それをどの程度評価するかが文化によって時代によって異なるのである。そればかりか個人の好みや嗜好によってもかなり違いがある。
人間の男女関係が動物の雌雄関係と逆になっており、人間においてのみ異性を性的魅力で引き寄せようとするのがもっぱら雌(女)であるという事実も文化的産物である証拠の一つである。本能的なものであれば、人間だけが他の動物と逆になっていると言うことはあり得ないからである。

もし女の性的魅力が本能的なものであれば、本能というものにおいては各個体はだいたい平等であるから、いくらか程度の差はあるにせよ、どの女もだいたい平等に性的魅力を具えており、それに引き寄せられてそれぞれの男はそれぞれの女を求めるはずであるが、女の性的魅力は個人によって差がありすぎる。男なら誰でも参ってしまいそうな、この世のものと思えないほどの性的魅力のある女がいるかと思えば、全然ない女もいる。女に関する美人とブスの差別ほどひどい差別はない。逆に美人とブスがあまり区別されない社会もあり、一様でないことも文化の産物であることを示しているように思える。

| 性的SM論 | 03:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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女の属性。Mの属性。

何はともあれ、女の子は、目の前に女という役割が姿を見せた時、それを引き受けるか、抵抗するかの岐路に立たされる訳であるが、抵抗するより、女という役割を単純に喜び、引き受ける方が多いであろう。引き受けざるを得ないことは明白であるし、また、引き受けた方が楽だし、いろいろ得なこともあるからである。(もちろん損なこともある。)誰だってこれまで自分でも知らなかった自分の何かの属性が他者に歓迎され、他者に役立つことを発見すれば喜ぶのは当然である。M性という恥ずべき自分の属性というか、嗜好がS性の他者に認められ、褒められれば嬉しいというのもこれと似ている。

女の子は自分が女であることを喜んで女としての価値をふまえ、それを生かして生きてゆくことを学ぶ。女としての規範やたしなみを教えられ、それに従って生きてゆくことを学ぶ。中には女という属性を最大限に利用し、これを武器にして己の欲求を実現していく者も現れる。女の属性と共に、SやMの属性を最大限に利用することもこれと同じである。

しかし、女であるという属性は、傍目には女の子がすんなり女の役割を引き受けたように見えようとも、また、女の子自身もそれほど自覚的に女という役割を選択したのではないにせよ、女という役割は、言うまでもなく女に生まれれば本能的に女になる訳ではないので、努力して演じなければならないものである。女の恥じらいを身につけ、それまで別に恥ずかしくもなかったことを恥ずかしがらなければならない。一部の女は、中年にでもなって男達にもてることが期待できなくなると、反動的に、例えば、人前で平気でオナラをしたりするような恥知らずの図々しいおばはんになるが、このことは「女の恥じらい」が無理して身につけた演技であることを示している。男達を引き寄せる効果がないとわかれば、アホらしくて女などやっていられないのである。男の属性ももちろん女の属性と同じく演技であるが、女のそれよりはまだ自然的である。

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| 性的SM論 | 05:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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南無阿弥陀仏。

y7.jpg
三遊亭円朝の名作 「怪談 牡丹燈籠」 に出てくる 「お露」 の幽霊
恋しい新三郎の元へ死んでもなお通い続けるお露 しかし新三郎は
家の周りに お札を貼って お露が中に入ってこれなくしてしまいます
お露は伴蔵と言う人物に百両という お金と引き換えに お札を
剥がしてもらい家の中へ・・・。 翌朝 新三郎は骸骨にまとわり憑かれ
死体となって発見される・・・。


さてこの怪談と私の妄想する被虐と相通ずるところがある。新三郎がお露にとり殺されるところではもちろんない。死んでも男を慕う女の美しき情欲が、縛られ、苛まれ、体や心を責められてもなお男の元に通うM女妄想とがリンクするのである。もちろん現実にはなかなかお目にかかれない情景であろう。だからこそ妄想なのだ。
私の妄想は具現不可能だとよく言われる。団鬼六の描く被虐の女の情景など実際にはあり得ない。それを追い求めることなど馬鹿げたことかもしれぬが、それは怪談に真理を求めるロマンと同じことかもしれないのだとも思ったりする。

私のSMは体も責めるが心も責める。と、お相手には最初にご案内する。もちろん性的な情欲な嗜好的な欲求もあるが、相手の心を責めて暗闇の世界に堕とすことも考えている。出来ればその女の一生を棒に振らせたい。この私の魂胆に気付いた女は私から離れていく。当然だろう。私の為に人生を棒に振る酔狂な女はいない。もちろん妄想で具現は出来ないがそういう気持ちは常にある。だから離れていくのだろう。
離れられれば私は逆恨みをする。この逆恨みは次の女にと向けられるのである。そしてまた女は離れる。そして私は女を恨み次の獲物へと向かう。この馬鹿げた情念の繰り返しで、恨みはいつしか女全体への恨みと変質していく。だから女を責めるという輪廻となる。

恨みながら、死んでもなお男の元に通う幽霊などは私の理想とする女なのかもしれない。私はすでに取り憑かれているのかもしれない。南無阿弥陀仏。

ふふふふ。。。。。。

| 鬼縄のつぶやき | 07:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鬼縄が主催するルームを設置しました。

oryu_05.jpg
■この鬼縄ハーレムは、
鬼縄(SM BOOKの主催者)の奴隷となり、鬼縄に縛られ、責められたい女の為の秘密コミュニティです。
参加するには当然鬼縄の許可が必要です。

身もこころも鬼縄に差し出す覚悟が必要です。生半可な覚悟では参加しない方が身のためです。
参加するには詳細なプロフィールと写真を鬼縄に提出しなければなりません。
参加した以上、勝手に逃げることは出来ません。

全ては鬼縄の意のままに。。これが掟です。
「美しき苦悶」   これが鬼縄が目指すところです。。

鬼縄が求める被虐とは何か。
それは途方もない理不尽と不条理である。理不尽と不条理が被虐を生むのである。
それを心と体で受け止め、鬼縄に尽くすことが出来る女を求める!

このルームに参加したい女は、SM ROOMまでお越し下さい。
ふふふ。。。。。。

| 運営日記(新着情報) | 06:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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また忙しくなるわ。

何かしら記事を書けば「BlogPeople Blogランキング」の順位がダイレクトにアップする。ありがたいことだ。
ランキングの順位などどうってことないようなふりをしているけど、上がるとやはり嬉しい。これも皆様のおかげである。
いろいろなSMサイトが出来ては消えていった中で、2000年3月14日にスタートしたSM BOOKも本当に皆様のおかげでここまでやってこれた。
鬼縄のプライベートサイトは、更に1年前のスタートであった。プライベートサイトはスタート以来文章がほとんど変わっていないというのも、我ながらたいしたものだと思う。

ビジネスサイトも運営しているが、また新しいサイトを立ち上げた。二兎を追う者は一兎をも得ずだが、二兎どころではなくいくつ追っているのだろう。。
また忙しくなるわ。

| 運営日記(新着情報) | 08:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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SM界の顔も変わっていくのか

トンズらといえば、設立以来応援してきた「本庄奈津子」サイトがなくなるらしい。。
本当か!!
次のような案内文が送られてきた。

ちょっと信じられないような内容だが、理由はともかく初期の頃から係わりがあった「本庄奈津子」サイトがなくなるのは寂しい限りだ。こうやってSM界の顔も変わっていくのか。
鬼縄はおかげさまでまだ生き残っている。

皆様に重大なお知らせとお詫びがございます。

本庄奈津子以下6名が当局に逮捕されました。

(詳細記事はこちらから→ http://www.natuko-miracle.com/camp/ )


これを受けMiRACLEとしては、

誠に遺憾ながら8月31日までで国内でのインターネットDL販売、

及びDVD販売を終了する事を決断致しました。


最後のご奉仕として、

6年間撮影してきた全ての動画239作品と、

素人SMマスターから投稿されてきたリアル映像360分の公開を決定。

8月30日までの期間、

1本32円でSM動画をダウンロード購入できるように致しました。

 ※閲覧ダウンロードは2007年12月まで可能ですのでご安心ください。

さらに、ご入会いただいた方にのみ、

MiRACLE動画を無修正で閲覧できるサイトをご紹介しております。

是非この機会をご利用くださいませ。


untitled.bmp

| 動画 | 07:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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とんずらするとするかな。。。

日記だからその日にあったことを気軽に書けばいいと言う訳には行かないということは書いたけれど、さりとてSMを毎日書く訳にも行かない。だから書けないではブログにならない。読む人間がいなくても、何かしら書いておきたいという欲望は誰にでもあると思う。

ところで私は矛盾した人間なのである。政治的には革新的な思想を好むが、心情的には超保守的というより封建的でさえある。性的にもフェミニスティックな面と女をないがしろにするというより差別的、侮蔑的に扱う嗜好面とが混在している。
矛盾と言えば聞こえはよいが、つまるところ偽善的な人間なのである。表と裏が違う。陰ひなたがある人間と言えばわかりやすいだろうか。
ところが私は幸か不幸か人に信頼、信用されてしまう傾向がある。ひとにが見る目がないのか、私が騙すのが上手いのか。私はそれをいいことに、そこに安住しているというわけである。

そこを見透かした女は私から去っていくということであろう。むしろ女が去るのは当然といえるかもしれないのだが、私は逆恨みするのである。そしてその恨みを全く関係のない女に対して晴らすのである。私の好きなことわざに、『江戸の敵を長崎で討つ』というのがある。
だから私は結構恨まれている。恨まれても離れられないという情景が好きな割には、そうならないところが滑稽である。
道化がいつまで持つやら。。化けの皮が剥がれる前にとんずらするとするかな。。。

| 鬼縄のつぶやき | 07:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ブログが書けない理由。

なかなかブログの文章が書けない。ブログは日記風なんとかと訳されているのだから日記を書けばいいとも思うのだが、SMブログで普通の日記を書いて、いかがなものかとも思ってしまう。それに普通の日記を書いて私個人を特定されるのも困る。私の友人なんかは、高校生の時からSM小説を持ち歩いているのを知っているから構わないのだが、そういうことを知らない関係者に特定されるのはやはり困る。日常の日記を書くと日常の私が分かってしまうという欠点があるので、なかなか書けないのだ。

だからといってSMに関することというのは、実はそんなに多くない。それに赤裸々にSMに関することを書くと、関係者に迷惑をかけるという心配もある。結構私は臆病なたちなのである。

ミニブログというのが流行っているらしい。一行日記とSNSが一緒になったようなものらしいけど、ブログやSNSのように書かなくてはという強迫観念にとらわれずにすむところがいいらしい。
「おやすみ」と書くと「もう寝るの?」とかなどと返事が来るらしい。「女を縛りたい」と書けば「私を縛って」とか返事が来るだろうか。

と、ブログを書かない言い訳をしたら1つの記事が書けたよ。

| 鬼縄のつぶやき | 07:46 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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