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鬼縄のSM blog(FC2改)

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所有意識の発生

セックスが男がやるもの。女はやられるものとなったため、本来なら二人の共同作業であるはずのセックスが人類においては男に対する女のサービスという変な意味を帯びることになった。
セックスが男に対するサービスということになれば、女に何らかのサービスに対する代償を取ってやろうという発想、男に「やらせてもらう」からには何らかの代償を払わねばならないという発想が出てくるのは自然の成り行きというものであろう。ここに売春の起源があると言われている。

あからさまな売春だけでなく、男が女にプレゼントを贈ったり着物を買ってやったり食事をおごったりして、それに感謝して後に彼女が彼に体を「許す」のも、精神的行為を考慮せずに捉えてみると、サービスへの対価の前払い的側面を持ち合わせている。
結婚すらもちょっと前までは結納金などの制度があり、対価の支払い的要素があったのも事実である。
そこから女体は売り物であって、処女は新品の証という概念が育ったように思われる。女体は商品的意味を持たされたのだ。

昔は強姦とは、お金を払わないで売り物を強奪することと同じ概念だったといわれている。売春婦を無理やり犯しても、後でちゃんとお金さえ払えば、強姦にならなかった時代がある。古代のユダヤの律法では、処女が強姦されたとき、彼女の家族は強姦した男に補償を求めたり、彼女との結婚を強いたりする権利があったといわれている。インドのある地方では、処女を強姦しても、彼女と結婚すれば強姦の罪は問われないそうである。エジプトでも、男は強姦してもその後被害者の女と結婚すれば免罪になるという法律が最近まであったそうである。
また、人妻と寝る事が非難されたのは、他人の所有物を無断・無料で使用するからであるという概念がまかり通っていた時があったらしい。

このように女性をモノ扱い、商品扱いするようになれば、おのずと所有意識が生じるのはこれまた当然のことであるように思われる。それがいまだに尾を引いているところが困ったことなのだ。
現代においても男が女に抱くのが独占欲なのか所有意識なのか判然としない場合がある。SMにおいても所有概念なのか独占概念なのかでは意味が違ってくる。奴隷はもちろん所有である。

昔は、女体は売り物だという観念は徹底していた。要するに、非難されるべきは男が女とセックスをして、お金やプレゼント、結婚しないなど性交の代償を男が払わないことであった。
現代でもデート代を女に払わせたり、割り勘にすると評判が悪いのはこの概念を引きずっているからなのであろうか。
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