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鬼縄のSM blog(FC2改)

鬼縄のSMブログです。淫靡な妄想の世界を彷徨っています。

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女の性欲を嘲笑する。

女の性欲を否定したい男たちも、とにかくあることはあるのだから、否定し続けるわけにはゆかない。その時男たちは嘲笑的な形で認めると言う卑怯なやり方をする。
「女の嫌よ、いやよは、いいのうち」と言う言い方があるが、これなども女が本当はセックスを欲しているのに、口では否定する女の矛盾性を嘲笑する為のものである。

女がセックスを欲していても、その事を正直に表明できず、嫌がっているかのような、その気が無いかのようなふりをしなければならないのは、女の性欲が抑圧されているからであり、清純そうな女を好む男の趣味に迎合せざるを得ない状況である為に、女は不正直になっているのだが、男たちはそれを女の本質的偽善から来ているかのように嘲笑する。

この強いられた不正直のために、女は更に被害をこうむる。
女は、セックスしたい時も、本当に男を拒絶したい時も、同じように「いや!」と言うしかなく、女はその違いをつけているかもしれないけど、男には区別が付かず、拒絶したい男にはますます迫られたり、拒絶ではない時に、ふりの「いや」を本気にされて、やめられたりしてしまう悲喜劇が起こる。

嘲笑的での女の性欲の認知は、一般的な意味での女の性欲の是認に繋がるものではない。女の性欲は、あくまで特別な淫乱な女の特性として認知されただけであり、人間として当然の欲望をもつ存在として尊重されてこなかった。
普通の女、立派な女には性欲は存在せず、女に性欲があるなどと言う主張は、逆に女を貶めようとする、いわれの無い失礼な中傷であるとされた。
このような状況では、女は男たちに人間として尊重される為には性欲なんか持っていないかのように振舞わねばならず、正直に性欲を表明すれば軽く見られるのがおちだったのである。

これらは今では歴史的遺産であろうか。
残念ながら現在でも女の性欲を嘲笑することは生きている。
SMでは男も女も自分の嗜好を表明することのできる場であるが、SM自体がまだまだ影の存在であるから一般的なことではない。
それゆえ、SM嗜好がそれほど強くない女も性欲や嗜好を表明できる場としてSMを選んでいるところがあるような気がする。


女も男と同じように性欲があるのだから、それを隠さず表明すべきであると言うのが私の持論ではあるが、全く矛盾するようだが私のSMの妄想の中の女は表明できない女が登場するのである。
責めによって女にそういうはしたないことを言わせようとする情景である。私のSMの情景は前近代的な封建思想の中の女を妄想する。考え方と妄想が矛盾するところは、私の偽善と言えば偽善であろう。
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