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鬼縄のSM blog(FC2改)

鬼縄のSMブログです。淫靡な妄想の世界を彷徨っています。

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私のSMは妄想である。

私の過ちはそれを具現しようとしたところにあるのかもしれない。
団鬼六の世界は、所詮小説の世界であって現実のものではない。縛られて羞恥する女。責められて意志に反して悶える女。痒み薬に悶える女。筆のいやらしい刺激に否応なく感じてしまう女。すべて妄想である。団鬼六は現実にはない甘美な世界を私に与えてくれた。

私は小説の世界にとどまるべきだったのかもしれない。
私のSMに付き合ってくれた女達は、鬼縄が求める女などこの世にいる訳がないと思いながらも付き合ってくれたのであろう。ありがたいことである。しかし私は満足できなかった。なぜなら妄想の具現に固執したからである。それは今でも変わらない。
小説を映像化したビデオでも満足できなかった。小説を具現していないからである。満足は出来なかったが文字を映像化してくれたということでは感謝している。文字から写真。写真から動画。そして実際に女を縛って責めることができた。ありがたいことである。私のような男に付き合ってくれた女達に感謝するしかない。しかし私は満足できなかった。

私は「妄想の女」と出逢ってしまった。私は妄想を具現することが出来たと錯覚したのだろう。その錯覚は今でも続いている。結局は錯覚であって具現などしていないのである。錯覚なら妄想と同じである。妄想なら具現する必要はない。頭の中でSMをしてればよいのだ。リアルの女を求める必要もなかった。
堂々巡りで結局元に戻ってしまった。具現を求めた私が間違っていたのであろうか。妄想の中だけで留まるべきだったのか。でも少なくても生の女と付き合ってみていろいろ勉強させていただいたのは紛れもなくリアルであった。リアルではSMよりもそちらの方が私の肥やしになった。SMは妄想の中に帰るとしよう。妄想の中ではパートナーの制約を受けない全くの私の世界なのである。誰にも文句を言われない世界なのである。
ふふふふ。。。。。。
もう、妄想の女以外に私の求める女はいない。
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| 鬼縄のSM | 08:54 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

少しは成長されたのですね?
っと、いきなり、失礼しました。
実は、私もここに書かれてあるような経験をした事がありますので、
場違いかも知れませんが、コメントさせて頂きました。
妄想族もゲーム族も、自慰行為派ではないかと思います。
私の場合は、SMもありましたが、
ゲームオタクでした(笑)。
部屋にこもってゲームをしていれば
それなりに満足という人間でした。
ただ、ゲームで世界を救っても、数々の恋愛を楽しんでも、
クリアした後は常に虚しい。
勿論、息抜きにはなるのですが、
現実では何も変わっていないのですよね。
ですので、随分と昔に、バーチャルと現実の線引きを
致しました。
ゲームの世界を現実に持ち込めないように、
団鬼六の世界も、
現実には持ち込めないものなのかも知れませんね。
独り善がりの世界はある意味、責任がなく、自由で、
とても楽しいです。
ゲームの延長で、バーチャルとしてSMも楽しみましたが、
やはり、鬼縄さんも書かれているとおり、
お相手のある事ですから、
独り善がりでは成り立ちませんでした。
そして、人は人との交わりによって成長するのだと
痛感し、今も、私に関ってくださった多くの方には感謝しています。
バーチャルはバーチャル。
現実は現実。
人である私達は、
現実もバーチャルも
両方楽しめるのですから、
それはそれで良いかなと、
今はそんなふうに気楽に考えています。

| 通りすがり | 2008/04/25 21:40 | URL | ≫ EDIT

私は成長したのだろうか?(苦笑)
コメントありがとうございます。
私の言う妄想(幻想)は、あなたのおっしゃるバーチャル(疑似体験orシュミレーション?)とは異なるものと思いますよ。私の言う妄想(幻想)は、性欲を誘発させる装置としての妄想(幻想)のことを言っています。
この辺のことは、私のブログの「人間はみんな倒錯者。。。」や「男の性欲2」、「男の幻想メカニズム」、「男は幻想に欲情する。」に書いていますので興味があればご一読下さい。
端的に申し上げれば、
『女性器にしろ乳房や尻にしろ、或いはパンツや靴にしろ、男が性欲を抱くのはそのものではなく、そのものにまつわる幻想に興奮するのである。』
なので、私の場合それが団鬼六が描く小説の情景に表現されていると言うことです。
したがって、私の求める妄想(幻想)を誘発してくれる理想の女を求めてはみたけれど、そういう女はなかなかいないので、自閉的欲望へと戻らねばならないかと思ったのです。
『人間の男の性欲はこれらの条件とは無関係に、様々な幻想(妄想)に支えられて男の内部で自閉的に成立する。まず、性欲が男の内部で自閉的欲望として成立し、マスターベーションによって満足され、そのあと性欲の対象として女を見つけるということになる。もちろん性欲の対象として、必ずしも女を見つけるとは限らないことは、性倒錯の前提条件を備えている我々なら理解できるであろう。』
女性にはなかなか分かりにくいかもしれませんが、男の性欲は幻想に支えられており、極端な場合にはそれが人間ではなくモノに向けられる場合もあります。私の場合は女に向けられているので正常の範囲内かもしれません。
私が求める女とは、団鬼六の世界そのものではなく、そういう幻想を私に誘発してくれる女という意味です。
そういう幻想を抱くこと自体が間違っているのなら、私は男の性欲を捨てねばなりません。

| 鬼縄 | 2008/04/28 18:29 | URL | ≫ EDIT

性の欲求ですか。。
それは、男の方の本質的欲求なのですね。
よく分る気がします(笑)。
私のSMのパートナーの一人も
「SMは性欲ですよ」と言っていました。
私の場合、性欲というよりも
精神的なものを求める傾向があるように思います。
むしろ性的な欲求はSMには
ほとんど求めていないのかも
しれません。
鬼縄さんの仰る所の性欲とは違うものを、
私はSMの裏側に見ているのでしょう。
同じSMでも求めるものが違うというのはとても
面白い事です。人それぞれなのですね。
しみじみ。
また、立ち寄らせて頂きます。
コメントありがとうございました。

| なるほど | 2008/04/28 23:32 | URL | ≫ EDIT

私のSMは、いつも言っていますが、性的嗜好なのです。私はこの性的嗜好に取り憑かれ彷徨っている。私にとっては人生のベースであり、ライフワークなのです。
お相手の女性にはこの私の嗜好を理解し、受け入れて下さることが条件となりますが、SM関係だけを求めている訳ではありません。私はSMを関係論で捉えたことはありません。あくまでSMは性的嗜好なのです。お相手の女性とはもちろん性的嗜好以外のところでも関係を深めたいという想いです。
「精神的」という言葉は私も使っていますが、多分私の「精神的」とあなたの「精神的」なものは違うのでしょうね。SMと一口に言ってもいろいろあるし、SMという言葉でひとくくりにできないほど、それぞれに違うものです。
また気が向いたらお立ち寄り下さい。

| 鬼縄 | 2008/04/29 18:06 | URL | ≫ EDIT

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| | 2009/11/28 00:11 | |















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