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SMは根源的な幻想

前戯が行われるのは性器等の性感帯を物理的に刺激して興奮させるためではなく、性に関する様々な幻想を呼び起こして調整し、性交可能な心理態勢にもってゆくためであると言われている。
人間の性能力は幻想に支えられているのだから、このような幻想の喚起と調整はその度毎に行わねばならず、それに失敗すれば不能に陥るのである。男と女が性交できるようになるためには、性交の前にそれぞれの幻想を擦り合わせ調整して、二人の間に共同幻想を築かなければならないのだから大変なのである。

この説明はノーマルな性交の前の前戯に関して説明されたものだが、SMはまさにこの幻想の擦り合わせと調整を性交の準備としてではなく、目的としていることに他ならない。SMにおいて二人の幻想の擦り合わせと調整に失敗すれば、二人の関係性自体が成立できなくなる。

男が、女がほかの女や男では性関係を構築できないという場合、それは、性に関するそれぞれの幻想に共通点がなく、または見つからず、その二人の間に性の共同幻想が築けないからであろう。
つまり、前戯は性のタブーをなし崩しにしながら不能の危険を克服するため、そして、性交を可能にする共同幻想を築くために必要であると考えられるのである。

更に、性のタブーは、不能対策の一つであるだけでなく、その機能はもっと根本的なものであって、本能に支えられない人間の性欲をそもそも性のタブーが支えているのではないかと考えられるのである。言い換えれば、人間の性欲は性のタブーがあるからこそ存在しているのではないか。
SMはまさに性のタブーの一つであるので、人間の根源的な幻想の一つであると言えるのではないだろうか。
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