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性欲の発明

卑しい肉体のいやらしい肉欲は個人のもつ性欲として捉え直された。それまでの肉欲は、悪魔に吹き込まれたり、女に誘惑されたりして生ずるものであったが、それとは起源や条件を異にする性欲が発明されたのである。

肉欲は肉体の欲望であって、たとえば、うまいものをたらふく喰いたい欲望も含まれているが、性欲は異性の性器をめざし、性交を求める特定の生物学的欲望を指している。
そのような性欲が発明されたということは、近代における神の死と個人の成立の結果の一つであった。

人間の行動が神の創造した世界の秩序のなかの一要素(たとえば、占星術は、星の運行と人間の運命とはともに神が司っているのだから、星占いをすれば人間のことがわかるというこの種の見方にもとづいている)ではなく、個人が選択し決断したものとなっだため、個人がなぜそうしたかを個人の内面から説明しなければならなくなり、そこで、性欲というものが発明されたと考えられる。

性欲が発明されると、それまで世界における二人の何らかのかかわりの形であった性交が個人の性欲の満足、個人の快楽のためのものとなった。しかしやはり、キリスト教の霊肉二元論はそのまま、性欲にもとづく近代の男女関係に引き継がれた。
すなわち、罪深くいやらしいと見なされた点においては、性欲も、それまでの肉欲と同じであった。また、性欲が恋愛とは関係のない、いやむしろ恋愛と対立するものとされた点は、肉欲が神の愛と対立するものとされていたのと同じであった。。
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